朝NHK BSでプレミアムカフェで加古隆さんが……………

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加古君は芸大の同級生で、僕はフルート科でしたから器楽科以外の友人以外では作曲家の今のカミさん(中川いづみ)と加古隆君、それに一年先輩の森山威男さんがジャズ仲間として卒業まで仲が良かった。
卒業後は僕はクラシックのフルート奏者になるべく室内楽やクラシックのオーケストラに身を置いていたのですが、加古君はフランスへ留学し、パリのコンセルバトアールに在籍し巨匠・オリビエ・メシアンの弟子となった。そして彼は在学中にフリージャズに出会い。自分達のトリオを組みヨーロッパでデビューし活動を始める。その後、僕はというと現代音楽にものめり込み、僕もフリージャズの演奏家ともセッションを重ねるようになっていた。卒業して数年経ち、彼とはパーカッション奏者の富樫雅彦カルテットで彼はジャズピアニストとして、僕はアルトサックス奏者として再会し、バンドを共にすることになった。

加古君は作曲家ピアニストとしてトータルに音楽を感じていたと思うが、僕はフルート奏者としての比重が大きく、フリージャズ界では片手間でサックスを吹くようになったから、当然の如く音楽に対してスタンスが違っていて、彼はどんな音楽をも深く愛し活動していたが、僕はというとジャズに対しては遊びの域を超えてはいなかったから当然ギャップが生じた。(笑)

 

それから現在に至るまで加古隆君は作曲家ソロピアニストの道を進むことになり、今は作曲家&ピアニストとして押しも押されぬ大きな存在になった。

彼はフリージャズをやろうがソロピアノを弾こうがそのスタイルは変わっても彼の音楽の土台は昔と何ら変わってはいないと僕は思う。

 

僕はというと、もう一度原点に帰りサックスではなくフルート音楽の一から勉強すべく、現代音楽のグループやオーケストラ、室内楽とフルートに勤しんだ。

その後僕は40歳にして新しい音を求めて、ジャズフルート奏者としてでもう一度ジャズの道も歩むことにはなるのだが……………

一方、その頃クラシックのフルート奏者としても各地でリサイタルやオーケストラとのコンサートに携わらせて頂いていた。ドイツで活動しておられた作曲家故・イサン・ユン氏のフルートコンチェルトを数回演奏させて頂いたが、大阪でも(フェスティバルホールだった……?)大阪フィルと京都市交響楽団だったか…2回程演奏させて頂いた時に、ナント‼️

もう亡くなられたのだが、加古君の母上がわざわざ楽屋まで訪ねて来てくれた。

これは本当に本当に嬉しかった!

…というのは、芸大に入学し僕等が一年生の時、夏休み僕は加古君の実家へお邪魔して、居候しながら加古君のジャズ仲間(ドラムの大森君、ギターの奥村君達と)合宿し、ジャズクラブで練習&演奏したのだ。いうまでもなく何から何まで加古君や彼の母上には本当に大変お世話になったのだ。  今思うと本当に楽しい学生時代を過ごさせて頂いたし、加古君、そして母上には感謝しかありません‼️

又、つい数年前まで在籍していた東邦音大には加古隆君の弟さん・加古勉さんがトランペット科の教授で、学生達を率いてビッグバンドの指揮をしていたのだが、ここでも僕は加古勉さんに大変お世話り定年になるまで学生達とビックバンドを楽しませて頂いた。

本当に加古家には感謝、感謝です‼️